
京都教職員組合(京教組)がチャーターしたバスに乗って「5・31 Peace Action in 舞鶴」に行ってきました。
バスには老若男女40人が乗車。たまたま座ったのが京都教育センター代表の山岡雅博さんの隣でした。山岡さんは立命館大学の教授。教職研究科で先生の卵を育てておられます。以前、僕が所属する宇治久世教職員組合(宇治久世教組)の主催する教育研究集会に来てもらったこともあります。往復のバス内で色んな話を聞くことができました。
と言っても、一人一人の自己紹介がまだ最後まで回らないうちにバスは目的地の舞鶴市中総合会館に到着。予定よりも早く着きすぎ、スタンディング開始の11時半まで約1時間、ここで待機。

(左)待機場所の入り口に立ててある案内板「妨害者は入場禁止」
(右)4階ロビーから港が見えますが海上自衛隊の皆さんはどこかへ行ってしまったようです。
早めの昼食をとっていると窓の外から何やら騒がしい音が聞こえてきました。どうやら「妨害者」が街宣車のスピーカーの音量を最大にして汚い言葉で僕たちに向かって叫んでいるようです。
熱い1日になりそうです。彼らもがんばっていますが僕たちも負けずに頑張りましょう。
さて、そろそろ出発の時間。スタンディングと「ヒューマンチェーン」の場所に向けて移動。京教組の割り当ては下の地図のⒶ地点ということでしたが、実際、それがどのあたりなのか誰も正確には把握していないようで、なかなか場所が決まりません。

同じ場所には他団体の人たちもたくさん来ていて、宇城久地区労議長のYさんや、今は地域の9条の会で頑張っておられる先輩のIさんも元気に参加されていました。その人たちと一言二言、言葉を交わしながら、「手をつなげる距離でなるべく広がってください」という指示に従い、隊列は伸びたり縮んだりしながら大きな「ヒューマンチェーン」を作ります。


別の地点で撮影された写真も載せておきます。

こちら、水谷修府議が撮影した動画です。
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こうして2800人(主催者発表)が手をつないで舞鶴基地を包囲しました。

街宣車からの罵詈雑言が耳をつんざきますが、皆さん気にもとめません。これだけ多くの仲間が「トマホークいらない!」「戦争反対!」「9条守れ!」の意思を示していることは希望であり、確信です。

一行は赤れんが博物館を横目に見ながら、「トマホークミサイル配備反対集会」の会場である舞鶴市総合文化会館と前島みなと公園まで1.5kmを徒歩で移動。それぞれの会場で同様の内容の集会が開催されましたが、僕が行った第1会場の総合文化会館大ホールは1410席で、開始時間にはすでにほぼ満席状態でした。

国鉄大阪合唱団「号笛」による「俺たちのシルクロード」で開会。
主催者挨拶に続き、全国各地で基地反対でつながっている団体の代表が取り組みの交流を行いました。

実行委員会共同代表 弁護士 吉本晴樹さん
海北由希子さん(平和を求め軍拡を許さない女たちの会・熊本 事務局長)
竹内康人さん(富士にミサイルはやめて!の会・静岡 共同代表)
上野郁子さん(沖縄県平和委員会 代表理事)
岸牧子さん(トマホークアクション2025)
森芳郎さん(呉地区平和委員会 事務局長)
松田耕典さん(神戸港の軍事使用を許さない会 事務局担当)
呉羽真弓さん(京都・祝園ミサイル弾薬庫問題を考える住民ネットワーク 共同代表)
永井友昭さん(米軍基地建設を憂う宇川有志の会)
梶川憲さん(憲法を守り・いかす京都共同センター 共同代表)
関本長三郎さん(舞鶴戦争・空襲メッセージ編さん委員会 代表)

そしてこの集会のもうひとつの目的、川口真由美さんの「ピース・ステージ」。川口さんとは何度かご一緒させてもらってます。
mshrtnk.hatenablog.com
とか、
mshrtnk.hatenablog.com
とか、
mshrtnk.hatenablog.com
など。祝園の集会での熱唱が記憶に新しい。
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今回は「君をむかえに行く途中」「苦いコーヒーと甘いデーツ」「ケサラ」の3曲を聞くことができました。
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帰りのバスで山岡さんが2曲目のタイトルを聞かれたので教えてあげました。山岡さんは「歌で始まり歌で終わった、いい集会でしたね。」と感想を述べておられました。人間を動かすのは理屈じゃなく感情。歌の持つ力は大きい。「歌っていいですね~」としみじみ言われるので「ですよね~」と意気投合して、最後は僕のCDを買ってくれました‼️
前日は組合のソフトバレーボール大会があり、若い先生の笑顔をたくさん見ることができました。でも宇治久世教組にとっては、連日の取り組み参加はハードルが高かったようです。京教組全体として見ても正直言って「古株」中心の参加状況ではありました。が、個人的にそれはそれで良かったです。青年時代に共に頑張った他支部の仲間に再会できなつかしい話もできたし、1984年の2万7千人集まったという「人間の鎖」(下の写真=京建労デジタルアーカイブスより)に参加したという生の話も聞けたし、何より、歌の力を再認識することができた一日でした。
1984年というと僕はまだ大学生。それから42年間、僕は教師として「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンを心に刻みながら色々な取り組みに参加してきました。そして思いを同じくする多くの仲間が粘り強く活動を続けてきました。残念ながら教職員組合としての組織力、動員力は下がってしまっているのは否めませんが、平和への強い思いは退職した今も持ち続けています。これからも戦争反対の声を上げ、平和の歌を歌っていきたいと思います。

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